安保法制に対する中国の反応が意外なほど冷静らしい(靖国参拝などに敏感に反応するのに)。政治の素人である私はアーミテイジ/春原氏らの議論から、これは米中同盟を分断するためにアメリカにサービスしたいのだろうと理解していたが、しかし今年の五月に大規模な自民党の訪中団が派遣されたようだし、意外と中国の了解をすでに取り付けていて、米中同盟に日本が集団的自衛権を携えて加わるという話なのかとか、考えてしまう。
いずれにせよ「敵」あっての安保法制なので、中東、アフリカ等への「後方支援」のための派兵、それに伴いイスラム過激派等を敵に回すリスクはついて回るように思う(それゆえ今後、アメリカ等からの要求の可能性を考えると、今回の安保法制はやはり北朝鮮包囲のための「抑止力」の確保という事では済まないのではないか)。したがって、当然、客観的に不正な戦争への後方支援のための派兵は認められないのは勿論、国連の集団安全保障内外の派兵でも、アフガン戦争のようにその始まりが誤っている場合もあるわけだし、日本特有の《ソフトパワー》を活かすべきという趣旨からも、慎重な政治的判断を求めたい。
旧約聖書の「イザヤ書」では、紀元前8世紀に北東の大国アッシリアの侵略に脅かされた南ユダ王国のアハズ王が、アッシリアに対抗する名目での隣国の北イスラエル王国やシリアからのいわば集団的自衛権行使の申し出を断り、かえって(両国に侵攻されるなかで)大国アッシリアの救援を求めようとすることに対して、預言者イザヤが「落ち着いて静かにしていなさい」(イザヤ7:4)と(アハズ王を)諭す場面がある。つまり、一見迂遠な議論のようであるが、国内の道徳問題や宗教心の在り方が、国の足腰を強めたり弱めたりするという意見であろう。現在の安保問題も、「戦略的」見地をあれこれ考えることよりも、日本国内の国のあり方という足元をきちんとしておかないといけないのかもしれない。
いずれにせよ、現政権の国民に対する説明は不足しているように思われる。というのか、きちんと説明すると政権支持者の支持を失うとか、不都合があるのかもしれない。いずれにせよ、安保法制の真相はマスコミ報道とはかなりずれたところにあるような気もする。
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