人間の人体と自動制御の機械の融合物を「サイボーグ」と呼ぶらしいが、サイボーグは今日、人工臓器のような姿のみならず、ある意味で人間実存そのものとなりつつあるようにも思われる。例えば、いわゆる「スマホ歩き」など、私には「サイボーグ」そのもののようにも見える。
その背景には、もちろん、IT技術が今日の資本主義社会において、「成長」の牽引力であり続け、加えて、いわば資本主義の最後のフロンティアとも言える人体をまで「植民地」と化そうとする、資本主義システムの働きがあろう。実際、「ウェアラブル」と呼ばれる、身に着けるタイプのIT機器が開発されているようであり、今後、ますます人間のサイボーグ化は進む可能性がある。
最近は下火になったらしい茶髪文化、再生医療や人工臓器(この2つの評価は慎重でなければならないだろうが)、「人体部品ビジネス」など、人体そのものの商品化と、IT機器による人間のサイボーグ化、人間というものの資本主義システムによる「植民地化」はとどまるところを知らないようにも見える。「聖域」(サンクチュアリ)をいかに倫理と法制でもって守って行くか、「人間の尊厳」の擁護のために、課題となるように思う。もっとも、社会の大部分の人が、サイボーグ化した人間に違和感を感じなくなると、もう止めようがないだろうが。
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